コロナ禍が子どもの言語・コミュニケーション発達に与えた影響

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コロナ禍のマスク生活と対人関わりの制限は、子どもの言語発達に影を落としました。日本の縦断研究では3歳頃までに発達指数の回復が見られる一方、軽度のつまずきは学年が上がるにつれ「説明する」「意見を述べる」といった高度な言語力が求められる場面で表面化することも。環境要因か支援が必要な課題かを見極める鍵は、プログレスモニタリング。言語聴覚士が臨床知見から解説します。

2020年3月に世界保健機関(WHO)はCOVID-19をパンデミックと位置づけ、子どもたちの生活は、オンライン授業、マスク越しのコミュニケーション、1日の大半を家庭内で過ごす日々に変わりました。2023年5月にWHOが緊急事態(PHEIC)の終了を宣言してから3年余りが経った今、「ことばの発達が遅れている気がする」「学習が伸び悩んでいる」といったご相談を受けることが増えているように感じます。

本記事では、言語聴覚士(SLP)としての臨床経験と近年の研究知見をもとに、コロナ禍が子どもの言語・コミュニケーション発達に及ぼした影響を整理します。あわせて、環境による一時的な遅れと、継続的な支援を要する発達の課題をどう見分けるのか、そして気がかりに気づいたとき、周囲の大人はどのように対応したらよいかを考えます。

マスクが奪った「顔の下半分」の情報

子どもはことばを学ぶとき、耳から入る音だけに頼っているわけではありません。話し手の口の動きや表情、視線といった非言語情報もあわせて受け取り、ことばの意味だけでなく、相手の気持ちや意図を理解しています。

マスク生活は、この「顔の下半分」の情報を長期間にわたって覆い隠しました。イギリスで4〜8歳の子ども74名を対象とした研究によると、マスクをした顔からは「怒り」が読み取りやすくなる一方、「喜び」と「悲しみ」の読み取りが低下したという結果が出ました(Bourke et al., 2023)。子どもたちは、感情の受け取りに偏りのある環境で数年間を過ごしたことになります。

教室の場面を想像してみてください。先生が「はい、こっちを見て」と声をかけたとき、以前なら子どもは先生の笑顔や口の動きから「今から楽しいことが始まるのかな」「大事な話なのかな」といった文脈を読み取っていました。マスクで顔の下半分が覆われていると、この視覚的な手がかりが大きく制限されます。つまり、呼びかけに応じて先生の顔を見ても、「はい、こっちを見て」ということば以上の情報がほとんど得られません。そうした経験が積み重なるうちに、先生の指示に注意を向けることへの動機づけそのものが弱まった可能性があります。

マスクが覆い隠したのは、感情や文脈の手がかりだけではありません。第二言語を聞くとき、人は母語のとき以上に話し手の口元へ視線を向けており、その傾向は習熟度が低いほど強いことが示されています(Birulés et al., 2020/Grüter et al., 2023)。英語での学習環境の中で、その手がかりが失われたことによる影響は、決して小さくなかったと考えられます。

人との関わりの制限が意味したもの

マスク以上に大きかったと考えられるのが、休校や自宅待機による「人との関わりの量と質」の変化です。

ことばは、生きたやり取りの中で育ちます。同年齢の友だちとのごっこ遊び、おもちゃの取り合いと仲直り、順番を待つこと、相手の反応を見ながら言い方を変えること。こうした経験の積み重ねが、語彙や文法だけでなく、社会的コミュニケーションの力(ソーシャルスキル)を育てます。自宅待機の期間が長く続いたことで、多くの子どもたちはこの経験の機会を失いました。関わる相手が家族にほぼ限定されたことで、多様な話し方・語彙・話題に触れる機会、つまり言語刺激そのものも減少しました。

同時に、家庭環境による格差の拡大も指摘されています。絵本の読み聞かせや会話の機会を一定程度保てた家庭と、保護者が強いストレスや経済的困難を抱えていた家庭とでは、影響の大きさが異なります。スクリーンタイムの増加や保護者の心理的ストレスも、子どもの言語環境に影を落とした要因として挙げられています。

影響と回復

では、この影響はずっと続くのでしょうか。

日本国内の縦断研究では、同じ子どもたちの言語・社会領域の発達指数(年齢平均値が100)が、1歳半〜2歳の平均93から3歳〜3歳半では平均97.5に上がり、コロナ禍以前の水準との差は見られなくなっていました(Otani et al., 2026)。研究者らは、社会的な制限の解除にともなう回復の可能性を指摘しています。

一方で、環境回復後、時間がたっても発達の遅れが見られるお子さんがいます。なんらかの発達のつまずきを持って生まれた子どもたちは、環境の回復後も、課題が継続していくことが少なくありません。さらに臨床現場で感じるのは、通常の生活環境であれば明らかな遅れにはつながらなかったであろう、ごく軽度の発達のつまずきが、コロナ禍で言語刺激ややり取りの機会が減ったことで、明確な遅れとして表面化したと考えられるお子さんがいるということです。

また、こうした軽度のつまずきは、環境が戻った直後には見えにくくても、学年が上がるにつれて表面化してくることがあります。コロナ禍で乳幼児期・学齢期を過ごした子どもたちは、いま小学生からミドルスクールの年齢にさしかかっています。日常会話では困らない、友だちとも話せている。しかし、学年が上がるにつれて求められるのは、説明する、要約する、根拠を示して意見を述べるといった、より高度なことばの力です。インターナショナルスクールでは、それが英語で求められます。つまり、コロナ禍による影響を受けたごく軽度のつまずきと、成長にともなって高まる学習言語への要求とが重なり合うことで、いま新たな形の「表面化」が起きていると考えられるのです。

「コロナの影響」と「言語発達の課題」をどう見分けるか

コロナ禍の経験は、たしかに多くの子どもの発達に影響を与えました。では、こうした環境による発達の遅れと、支援が必要な発達のつまずきを、どのように見分けたらよいのでしょうか。

たとえば、マルチリンガルのお子さんの評価では通常、「困難が、1つの言語だけでなく、すべての言語に現れているかどうか」が、言語発達のつまずきの有無を見極める大切な手がかりになります。しかしコロナ禍では、日本語だけでなく、英語やその他の言語に触れる機会も同時に制限されていたご家庭が少なくありません。その場合、環境要因による遅れであっても、すべての言語に影響が現れることは十分に考えられます。同様に、人と関わる経験そのものが大きく制限されていたのですから、ソーシャルスキルへの影響も、環境要因として起こりえるのです。

プログレスモニタリングという考え方

では、どうすればよいのでしょうか。ここで大切になるのが、「プログレスモニタリング(観点と期間を決めて、伸びの経過を追うこと)」という考え方です。

環境要因による遅れの最大の特徴は、環境が整えば伸びる力を見せることです。制限解除後、園や学校の生活が戻り、友だちとのやり取りやことばに触れる機会が回復しました。それにより、多くの子どもたちはコロナの影響で見られていた遅れを取り戻しました。それでも、今現在、お子さんのことばや学習につまずきが見られる場合、それをどのように理解すればよいのでしょうか。

一つ目は、お子さん自身の過去との比較です。環境が戻ってから、伸びの勢いは増したでしょうか。

二つ目は、同年齢の子どもたちとの比較です。ただしインターナショナルスクールでは、言語背景も英語に触れてきた年数もさまざまです。比べる相手は「同学年の誰か」ではなく、似た言語背景を持つ子どもたちである必要があります。

三つ目は、パンデミック以前との比較です。2020年より前に、ことばの出方や人との関わりについて、すでに気がかりはなかったでしょうか。乳幼児健診の記録や園からの指摘をたどってみてください。以前から続く気がかりであれば、コロナ禍が発達の遅れの根本的原因ではない可能性が高くなります。

知っているから、気づける

そのうえで、周囲の大人ができる大切な役割があります。

コロナ禍が子どもの言語発達に影響を及ぼしたという事実を知っておくこと。あの時期を過ごした子どもたちに、どのくらいの遅れが、どのように現れうるのか。それを知っているからこそ、目の前の気がかりが、同じ時期にコロナ禍を過ごした子どもたちの中でその範囲におさまるものなのか、それとも範囲を超えたものなのかを感じ取ることができます。

「コロナはあけたけれど、うちの子、発達が遅れている気がする」という保護者の感覚。「本人は一生懸命なのに、学習が伸び悩んでいる」という先生の気づき。どちらも、毎日子どもと向き合っている大人だからこそ捉えられるものです。

迷ったら、早めに相談を

「あれ?」という気がかりが続くときには、多言語環境の発達に理解のある専門家に相談してください。ここまで見てきたように、環境による一時的な遅れなのか、支援が必要なつまずきなのかを見分けることは容易ではありません。だからこそ、ご家族だけで抱え込まず、早めに一緒に考えることに意味があります。

お子さんの今の姿を両言語で把握し、これまでの経過を一緒に整理する。もし環境要因による遅れであれば、経過を追ううちに伸びが確認でき、それは何よりの安心材料になります。もし支援が必要なつまずきがあるのなら、それだけ早く必要なサポートにつながることができます。

ご家庭で見えている様子、学習場面での先生の気づき、専門家による評価。これらの視点を持ち寄りながら、コロナ禍という同じ時代をくぐり抜けてきた子どもたちの「その後」を、周りの大人が手を携えて支えていきましょう。

この記事の記者

鈴木 美佐子

25年以上の臨床経験を持つ小児専門の言語聴覚士。日米両国の資格を保持。2003年から2018年までの15年間をアメリカ・オレゴン州で過ごし、現在は神戸を拠点に「Suzuki Speech Therapy」を運営。言語発達、構音、吃音、ソーシャルコミュニケーションスキルを専門とし、日本全国および海外の家族にオンライン・対面で支援を提供。クライアントには国内外のインターナショナルスクールに通う子どもたちも多く、学校での評価やセラピー、教員との連携も行う。2026年6月に『バイリンガル育児 理論と実践』(彩図社)を刊行。デジタル教材開発や、専門職・保護者向けの研修も実施。